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しんらん
親鸞
吉川 英治
Read 親鸞 (しんらん) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 566,138 characters · 1127 screens
彼は、役目上、役宅のうちから、領土の検見張だの、京都との往復の文書だの、政治上の大事な書類などを、死んでも担ぎ出さなければならなかった。
――だが、火の手はもう、逃げ口をふさいでいた。自分の狼狽よりも、彼は、煙の中から聞えてくる家族たちの悲鳴に、逆上してしまった。抱えている書類の束にも、火がついていた。
「――誰かいないかっ、おれはいいが、妻だの、幼い子たちを、炎の中から出してくれっ。誰かっ……誰かっ……」絶叫すると、どこかで、
「代官、代官。――泣き代官」と、笑い声がした。
三
「やっ」仰ぐと――その声のする空もいちめんの煙であったが、そこに、まだ火をうけていない大きな楢の木があった。
「おい、泣き代官、今にみろといったおれのことばが、今夜は思い知ったろう」声は、その梢からするのであった。――じっと見ると、猿のような人影が葉がくれに登っている。
「アッ、おのれ」萩原年景は、樹の下へ駈け寄って、
「蜘蛛太だなっ」
「そうだ、おれは蜘蛛太だ」
「こよいの火放けは、おのれの仕業か」
「いうまでもあるめえ。人われに辛ければ、われまた人に辛し。――火はおれが放けたんだが、今夜の憂き目は、てめえの自業自得というものだ」