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Japanische Klassiker mit Furigana

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きどうむかしがたり

綺堂むかし語り

岡本 綺堂

Lesen Sie 綺堂むかし語り (きどうむかしがたり) von 岡本 綺堂 (おかもときどう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 183.656 Zeichen · 363 Bildschirme

Aozora Bunko

もう一つの思い出は、右の奥の上歯一枚である。

大正八年八月、わたしが欧洲から帰航の途中、三日ばかりは例のモンスーンに悩まされて、かなり難儀の航海をつづけた後、風雨もすっかり収まって、明日はインドのコロンボに着くという日の午後である。

私はモンスーン以来痛みつづけていた右の奥歯のことを忘れたように、熱海丸の甲板を愉快に歩いていた。船医の治療を受けて、きょうの午頃から歯の痛みも全く去ったからである。食堂の午飯も今日は旨く食べられた。暑いのは印度洋であるから仕方がない。それでも空は青々と晴れて、海の風がそよそよと吹いて来る。暑さにゆだって昼寝でもしているのか、甲板に散歩の人影も多くない。

モンスーンが去ったのと歯の痛みが去ったのと、あしたはインドへ着くという楽しみとで、私は何か大きい声で歌いたいような心持で、甲板をしばらく横行闊歩していると、偶然に右の奥の上歯が揺らぐように感じた。今朝まで痛みつづけた歯である。指でつまんで軽く揺すってみると、案外に安々と抜けた。

なぜか知らないが、その時の私はひどく感傷的になった。何十年の間、甘い物も食った。まずい物も食った。