후리가나로 읽는 일본 고전
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どうひょう
道標
宮本 百合子
宮本 百合子의 道標(どうひょう)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 846,457자 · 1672화면
「そんなわけで当節はウィーンも、いいのはシーズンのうちだけでございますよ。いまごろになりますと、せっかくおいでになった方々にお聴かせするほどの演奏会もございませんでねえ」
「でも、そのおかげで日本にいてもみんながジンバリストをきけたと思えばようございますわ」
日本へヨーロッパの演奏家たちが来るようになったのは、夫人のいうように、第一次大戦のあとからのことだった。ジンバリストが日本へ来たのは伸子がモスク※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)へ立って来た年の初秋ごろのことだった。それはジンバリストの二度めの来訪で、彼はアメリカへの往きと帰りに日本へよった。二度めにジンバリストが東京へ来た期間の或る日、上野の音楽学校でベートーヴェンの第九シムフォニーの初演があった。いかにも明治初年に建てられた学校講堂めいた古風で飾りけない上野の音楽学校の舞台に、その日は日本で屈指な演奏家たちが居並んだ。第一ヴァイオリンのトップは音楽学校教授であり、日本のヴァイオリニストの大先輩である有名な婦人演奏家だった。その日伸子は母親の多計代、弟と妹、二人の従妹たちという賑やかな顔ぶれで、舞台に近すぎて、音がみんな頭の上をこして行ってしまうようなよくない場所できいていた。