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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

のれんを掛け終った女は、足許の盛り塩をよけて、家の中へはいった。栄二は記憶を呼びおこそうとするように、眼を細めて暫く考えていたが、どうしても思いだすことができないようすで、そっと舌打ちをすると、まあいいや、はいってみようと云い、さぶを促してそっちへあるいていった。

店へはいると、四十がらみの男が、灯を入れたはちけんを天床へ吊りあげているところだった。三間に五間くらいの土間に、飯台が二た側、おのおの左右に作り付けの腰掛が据えられ、蒲で編んだ円座が二尺ほどの間隔をとって置いてある。客が多くてもぎっしり詰めず、ゆとりをおいて飲めるように按配してあるらしい。右手に竹で格子を組んだ板場、つきあたりにまたのれんが掛けてあり、これは浅黄に紺で「すみよし」と書いてあった。

「早かったかな」店へはいった栄二は、はちけんを吊りあげている男にきいた、「まだ始めないのかい」

「いらっしゃい」と男はいさましく答えた、「どうぞ」

そして奥のほうへ向って、お客だよと、大きな声でどなった。栄二はさぶの肩を押し、飯台の一つを選んで、その奥の端のほうへ腰を掛けた。すぐに女が二人、自分の髪へ手を触れながら出て来て、あいそを云いながら注文をきいた。