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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

十一の四

という物なしに自分の背中を見ることはできない。とすれば、すぐにそういう考えのうかぶ頭の切れかたが、さぶの云うことすることをじれったがり、つい辛く当るのだと、与平は指摘したのだろうか。

「ええ、ばかばかしい」栄二は自分を罵った、「どうしてそんなに、人の云うことにこだわるんだ、なにか云われるたびにいちいちそうこだわっていてなんの役に立つ、てめえはてめえでいいじゃねえか」

こんな癖はやめなければいけない、と栄二は自分に云いきかせた。

字を習いたいという者が少しずつふえ、雨や雪で人足仕事を休むときや、晩めしのあとは毎日、机に向う者が十人ちかくにまでなった。机は役所の物置に古いのがあったし、大工部屋の者に作ってもらったのもあった。硯と筆と墨などは外使いの者に頼んで買ったのだが、紙は高くつくので、水書きというやり方ももちいた。つまり紙いっぱいに字を書いてしまうと、それをすっかり墨で塗りつぶし、乾かしてから、その上へ水で字を書くのである。書いた字はむろん乾けば消えるが、運筆の練習には役立つので、一枚の半紙でもかなりながく使うことができた。こうしているうちに或る日、人見張役の小島良二郎が来て、それは寄場の規則に反すると文句を云った。