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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

十の三

あとになって栄二は幾たびもそう思った。いちど失神した彼は、折れた脛の傷に塩水のしみる痛さでわれに返った。それから本当の恐怖と苦しみが始まったのだ。失神していた時間がどのくらいかわからないが、われに返ってみるとまだ石に敷かれたままで、そのうえあげ潮の波がそこまで来ていたし、水は上と下とからじりじりと砂を崩した。幾つかは取りのけられたのだろうが、上から圧しつける石の重さは変らず、背から腰へかけてまったく躯が動かない。その圧迫で呼吸が三分の一量ぐらいしかできないためか、胸を掻きりたいような苦痛で眼が昏んだ。

それは苦痛などというものではなかった。栄二は自分がまだ死にきれずにいることを呪い、「さぶ、助けてくれ」と、さらに二度まで叫んだ。その叫びは声にはならなかったが、なにも見えないまっ赤な空間に、さぶのおろおろしているような顔が、おぼろげに見えつ消えつした。砂を混えた水はすでに彼の顔を浸し始めた。恐怖のため感覚が麻痺していて、半ばあいている口の中へ、砂混りの水がはいって来ても、それがなにを意味するかを理解することはできなかった。

――もう勘弁してくれ、おれが悪かった、と彼は恐怖の中で云った。