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さぶ
さぶ
山本 周五郎
「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页
六の五
栄ちゃん、とうしろでさぶの悲しそうな声が聞えた。栄二は唇をきっとひきむすび、眼を据えた硬い顔つきで長屋のほうへ歩み去った。
六の五
もっこ部屋へ帰るとすぐに、あとから小島良二郎が追って来た。小島は風呂敷包みを持っていて、いまの男からおまえに差入れだ、と云った。栄二はその包みを冷たい眼で見たが、あれは自分の知らない人間であり、そんな物を受取る筋はない、と頑固にはねつけた。
「そうか」小島は頷いたが、さぐるような眼で栄二をみつめながら云った、「――しかし念のために云っておくが、あのさぶという男は、おまえの風邪が治ったかどうか、と心配していたぞ」
栄二の表情が動かなくなった。眉も眼も口も、仮面のように動かなくなり、それから急に顔をそむけた。
「それでも知らない人間か」
「知りません」と栄二はかすれたような声で答えた、「見たこともありません」
「それならこの差入れの品は、役所のほうで処分するがいいか」
どうぞいいように、と栄二は答えた。
その夜寝てから、栄二は幾たびも「ばかなやつだ」と呟いた。夜具は五布で三人いっしょに寝る規則だが、人数に対して夜具にゆとりがあるため、三人の小頭と栄二、また女衒の六のほか二人ばかりは、めいめい一人で寝ていた。