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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

一の三

やがておかめが、注文の酒肴をはこんで来、二人の膳へ分けて置くと、では用があったら手を鳴らしてくれと云って去った。

「めえめえでやろうぜ」と栄二が云った、「めんどくせえから盃のやりとりはなし、酒も手酌でやるとしよう、いいな」

「いいけれども」とさぶは膳をじっと見まもりながら云った、「なんだか少し、おっかねえような心持だ」

「なにがおっかないの」と云って、三人めの女が障子をあけ、顔だけ出してにこっと笑いかけた、「あらいやだ、河岸の親方かと思っちゃったわ、ごめんなさい」

表でのれんを掛けていた女であった。きりっと緊ったほそおもてで、笑ったとき唇のあいだから八重歯が覗いた。栄二はふいと、冷淡にそっぽを向いた。

一の三

「陰気じゃない」とその女は云った、「誰もいないの」

「いいんだ」と栄二がそっぽを向いたままで云った、「酌はいらないんだ」

「お通夜みたい」と女が云った、「それとも人に聞かせられないような悪い相談でもするの」

栄二が振り向いて「うるせえな」と云った。女はちょっと笑いかけたが、栄二の眼を見ると顔をひきしめ、ごめんなさい、と低い声で云って障子を閉めた。女が笑ったとき、また八重歯が覗き、それが栄二の眼に残った。