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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

十三の四

駆け戻った万吉が戸口に顔を見せたとき、栄二は自分の躯からなにかが抜け出してゆくような、非常な疲れと虚脱感のため、板の間の上り端へ力なく腰をおろした。

「岡安さんが来るよ」と万吉はうしろ手に戸外を指さして、喘ぎながら云った、「もうそこまで来ている、大丈夫か、あにい」

栄二は頷いて眼をつむり、頭を垂れた。

十三の四

「役人というものも、世間で考えるほど安定したものではない」と岡安が云った、「上役と下役の区別、煩雑な規則、それぞれの役目の権限、これらの中で人間どうしのせりあいがある、出世したい者もあれば、役得をせしめるためになんでもやろうとする者もある、袖の下の受授、人足の労賃のうわまえはね、出入り商人との不正な取引、――世間にある忌わしいことは、ここでも殆んど欠けてはいない」

そこはかつて、栄二が清七といっしょに手鎖の仕置を受けて、三十日のあいだ押籠められていた部屋である。その部屋のある長屋のうしろは大川で、あけてある小さな高い明り窓から、石垣を洗う波の音や、水面をゆく船の櫓音などが、ときをおいてのんびりと聞えてきた。

人足寄場は一つの世界であり、役人たちもまた一つの世界である、というように岡安は語り継いだ。