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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

九の一

「あたしいろいろ考えたんです」とおすえは風呂敷包みを抱え直しながら云った、「――自分ではこれからも五日おきにきっと来よう、栄さんが会ってくれなくってもいい、さぶちゃんがしたように、これが必要だなと思う物を揃えて、届けるだけでも届けようって、――でもうちへ帰ってからいろいろ考えてみると、栄さんが誰にも会いたくない、誰にも構ってもらいたくない、っていう気持がわかるように思えてきたんです」

一枚の布切のため、右からも左からも無法に痛めつけられ、一生をめちゃめちゃにされてみれば、人を憎み世間を憎むのは当然なことだ。いまはその憎む心でいっぱいなのだ、無事平穏にくらしている者を見れば、ただ憎悪をかきたてられるだけであろう。これは栄さんの気持がしずまるまで、近よらないほうがいいかもしれない。

「あたしそう思ったのよ」とおすえは弱よわしい声になって云った、「――それでもときどきがまんできなくなって、夢中でうちをでかけたこともあるわ、栄さんがこの寄場で人足なんかをしていると思うと、胸のここが裂けるように苦しくなって、どうしてもじっとしていられないの、かあっとなってとびだして、よく向うの鉄砲洲河岸まで来たものよ」