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さぶ
さぶ
山本 周五郎
「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页
「なんという残酷な世間だろう」と彼は口の中で呟いた、「――だがおれは違うぞ、おれは必ず仕返しをしてやる、おれがあじわった痛手を倍にして返してやるぞ」
いつからか風が吹きはじめたらしく、雨戸がうるさく揺れ、板壁からなまあたたかい風が吹き込んで来た。栄二はそれを聞きながら、久しぶりの酔いに包まれて眠った。
自分は自分のしたいようにする、とおすえが云った。おすえは死人のように蒼ざめた顔で、元結が切れたのか、髪の毛はばらばらに解けてい、栄二を睨む眼は青い火が燃えるようにみえた。どうする気だ、と栄二がきいた。するとおすえの口がぐっとひろがり、両端が耳のところまで裂けた。その裂けた口の中はまっ赤で、蛇のように長い舌が覗いた。栄二は恐怖のために息が詰り、逃げだそうとしてもがいた。もがきながら、これは間違いだと彼は云った。これはこぶの清七の夢だ、おれではなく清七が夢をみているんだ、と栄二は云い続けた。
「あにい」と誰かがどなった、「起きてくんな、あにい、大あらしになったぜ」
栄二が眼をさますと、部屋の中はまっ暗で、起きだしたみんなのざわめきと、風のすさまじい咆哮とが耳におそいかかった。