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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

老人の死躰はもっと遠くまで流されたのだろう、まだどこからもみつかった知らせはないけれども、六がその老人を救おうとしたという話は、寄場ぜんたいに大きな驚きと賞讃を呼びおこした。――あれだけの烈風と怒濤では、よほど水練に長じた者でも、溺れる人間を救うことは不可能だろう。おそらく水練を知らないからこそ六はとび込んだのであろうが、女衒などという卑しいことをして、多くの女たちの血を啜ったような男が、どんな気持でそんなまねをしたのか、栄二には理解がつかなかった。

「本当になんでもなかったんですか」とおすえは云い続けていた、「あんなに壊れたり流されたりした建物があるのに、栄さんにけがはなかったんですか」

「え、ああおれか」栄二は海を眺めたままで、ぼんやりと答えた、「おれはごらんのとおりさ、がっかりしたかい」

「栄さん」とおすえが云った。

「人間てやつはおかしなもんだ」栄二は独り言のように呟いた、「まったくおかしなもんだ、わけがわからねえ」

「それはどういうこと」

「おめえには関係のねえ話さ」と云って、栄二は感情のない眼つきでおすえを見た、「もう帰ったほうがいいぜ、おらあ片づけ仕事のさいちゅうなんだ、いそがしいんだから」