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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

二人はそんなことは考えもしなかった。これで助かった、もう死ぬ心配はないというだけで、抱き合って泣いた。

「運不運などということは、泣き言めいているし、うんざりするほど聞き飽きた言葉だ、だが、運不運ということはあるのだ」岡安は短く溜息をついた、「――いまの話はかなりひろく伝わったものだから、おまえも聞いたかもしれないが、この三人の経験には、運と不運とが幾つものかたちであらわれている、蝦夷ヶ島の土民は、ながいあいだ日本の悪辣な商人にいためつけられて、ひどく狡猾で兇暴になっているそうだ、しかしその二人は運がよく、日本人どうしでも稀なほど親切で、誠意のある土民にめぐり会った」

「おまえは気がつかなくとも」と岡安はひと息ついて云った、「この爽やかな風にはもくせいの香が匂っている、心をしずめて息を吸えば、おまえにもその花の香が匂うだろう、心をしずめて、自分の運不運をよく考えるんだな、さぶやおすえという娘のいることを忘れるんじゃないぞ」

十の一

南の護岸修理が終りかけていた。

九月も下旬になり、よく晴れた日が続いて、干潟へおりると、富士の山がきれいに見えることもあった。