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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

いまは正月の十九日で、彼は五、六日まえからあるく稽古を始め、その日も朝から、まをおいては幾たびも繰返した。清七の作ってくれた撞木杖を腋の下にかって、土間の中をゆっくりと、一歩ずつ拾うようにあるくのである。――暮のうちから立つ練習はしていたが、あるき始めてからも、さいしょは躯の中心がとれず、ともするとぐらぐらとよろけた。与平はあせるなあせるなと、子供をあやすように側をはなれず、少しでもあぶないと見るとすぐに手を貸そうとする。うるさくって迷惑なのだが、栄二はおとなしく与平のするままにさせていた。

「今日で六日になるね」と与平が云った、「いっぺんにそう続けては却って悪いだろう、二、三日休んだほうがいいよ」

そうしようと答えて、栄二は眼をつむった。

いまみた夢の印象は、強烈な現実感で頭にやきついた。死なないでくれと、泣きながら訴えるさぶの顔と声とは、特になまなましくあざやかで、眼がさめてからも、まったく夢のようには思えないのである。

――そうだ、夢じゃあない、これは現実のことだ、と栄二は思った。いまこの瞬間にも、さぶはおれのために心配しているだろう、昔からそうだった、おれのまわりにはさぶの心と眼が、片ときもはなれず付いてまわっていたのだ。