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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

栄二のすることを暫く見ていたらしく、そっと近づいて来ると、それでやる気か、と問いかけた。

「誰だ」栄二は低い声で咎めた。

「おれだよ」万吉は栄二の前へまわった、「あにいに話があったもんで、後架から出るのを待つつもりだった、そうしたらあにいがこっちへ来るもんだから、どうするのかと思ってついて来たんだ」

「そんならもういってくれ、おれは躯を馴らしてるんだ」

「へーそうかい」と云って万吉は急に話を変えた、「ときに、油部屋のこぶが出てったそうだが、本当かい」

「おれは知らないな、出ていったのか」

「彫物部屋の伊助が、博奕場で饒舌ってるのを聞いたんだ」と万吉が云った、「まえに噂の高かった女が呼出しに来たって、半月ほどまえのことだそうだが、こぶはずいぶん迷ったあげく、伊助に相談をもちかけたっていう、伊助はいっしょになれとすすめたそうだ」

ああ、と栄二は心の中で嘆息をした。おれは薄情な人間だ、どうしたらいいかときかれたとき、よせとひとこと云うべきだった。半月も迷っていたとすると、清七自身も女が信じきれなかったに違いない。あのときおれは、どう云ってもむだだと思った。よせと云っても、女へのみれんな気持を引き戻すことはできないと思った。