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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

――あんまり早く世帯じみるなよ。

栄二はなんどかそう云おうとしたが、女房としての一日の忙しさを見ていると、口に出して云うことはできなかった。

めしは朝の九時と夕方六時、どっちも三人でいっしょに喰べていたが、八月中旬ごろからおすえが欠け、やがてさぶも晩めしを喰べなくなった。金杉の家でおせいが支度をして待っているから、というのであった。おすえはあとで独りで喰べると云い、狭い勝手でそこそこに片づけるらしい。栄二はそれを疑いもしなかったが、さぶは金杉のほうの屋台店で、安いぶっかけめしを喰べ、おすえは残っためしを雑炊や粥にのばし、おかずも生味噌か塩を舐めて済ましていた。ひとくちに云えば、そうして食事をつめなければならないほど、家計は苦しくなっていたのだ。

栄二は表具の腕を取り返すために、毎夜おそくまで仕事場でねばった。おすえも側に付きっきりで、蚊遣りを焚いたり、汗になった栄二を団扇であおいだり、手拭を水で絞って来たりした。

「さぶの長屋におせえっていう娘がいるんだ」と栄二が或る夜おすえに云った、「まだ十六だそうだがね、どうやらさぶに惚れこんでいるらしいよ」