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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

と栄二が自分の手もとをみつめながら云った、「躯にむりをしないようにやったらいいだろう、――行燈の油が少なくなったぜ」

「はい」と云っておすえは立った、「明日すぐにそう云うわ、おぶんさんきっとよろこんでよ」

隣りの家の内情はなにも知らなかった。増六がどこの店へ勤めていたかも、その店が潰れたかどうかも、そしてそのあと、本当に担ぎ呉服をしているかどうかも。その夜おすえから初めて聞いたことだ。世間が一般にひどい不景気で、日本橋の大きな問屋筋でも、倒産した店が少なくないという話だし、町をあるけば「店じめいにつき投売り」とか、閉めた店の大戸に貼った「売り家」の字などが眼につかないことはなかった。――この横丁の左右にも幾筋かのろじがあり、古い長屋がびっしり並んでいる。住民たちの多くはその日稼ぎで、子供でも七つか八つになれば、なにかしら働いて家計を助けなければならないようだ。いつか裏の井戸端で、おすえが洗濯をしていたら、赤児を背負った八歳くらいの女の子が来て、おすえの洗った物を絞ってくれた。さすがに女の子だと思い、礼を云ってから菓子を包んでやると、菓子はいらないから駄賃を呉れ、と云って手を出したそうである。