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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

「男が稼いで妻子を養うのは、当りまえじゃないか」

おのぶは静かに首を振った、「とんでもない、冗談でしょ、人間が人間を養うなんて、とんでもない思いあがりだわ、栄さんが職人として立ってゆくには、幾人か幾十人かの者が陰で力をかしているからよ、――さぶちゃんはよく云ったでしょ、おれは能なしのぐずだって、けれどもさぶちゃんの仕込んだ糊がなければ、栄さんの仕事だって思うようにはいかないでしょ」

「さぶの仕込んだ糊は、決して誰にもひけはとらない、芳古堂でも右に出る者はなかった筈だ」

「まえから栄さんはよくそう云ってたわ」

近所に住む馴染客らしい男が、二人はいって来、いらっしゃいと云って、おのぶは女中たちを呼んだ。それから栄二に眼くばせをし、前にある燗徳利や皿小鉢を盆にのせて、立ちあがった。あっちへゆきましょう、と命令するように囁かれ、栄二も立って奥の小座敷へ移った。もう昏れかかる時刻で、小座敷の中は暗く、おのぶは行燈を持って来るようにと、お松に云った。

「もうちょっとだから本気で聞いてね」おのぶはそこそこに膳立てをし、坐るとすぐに云った、「栄さんがそう云うんだから、さぶちゃんが誰にも負けない仕込みをする、っていうのは嘘じゃないでしょ、栄さんはその糊を使って仕事をする、掛物にしろ屏風にしろ、仕上りがよければ栄さんは褒められる