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さぶ
さぶ
山本 周五郎
「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页
「おまえ」と岡安は囁き声で、さぐるように云った、「なにか困ったことでもできたのか」
栄二は胸をうたれた。顔を見るなり、そう問いかけるのは、心から自分のことを案じていたからであろう。栄二は眼の裏が熱くなるのを感じながら、そうではないと首を振り、両手を突いて挨拶をした。
「じつはようやく仕事にありついたので、よろこんでいただこうと思って伺いました」栄二は頭をあげて云った、「江戸ではなく、――田舎から頼まれた出仕事なんですが、これがうまくあがれば、店をやってゆく手掛りがつくと思うんです」
「よかった、それはよかった」岡安はほっとしたように緊張した表情をゆるめた、「それはなによりの知らせだ、そうそう、祝言のようすは松田から聞いたよ、いい女房を貰い当てたそうだな」
岡安喜兵衛の態度は、そこでにわかにうわのそらになり、栄二の話をしんみになって聞く気持がなくなったようであった。推察するまでもなく、彼の関心は新しく来た人足のほうに向いているのだ。もしも栄二に困ったことがあって来たのなら、彼はどんなにでも相談にのったことだろう。だが栄二は寄場から出ていった者であり、仕事にもとりついたという。