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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

糊を仕込んだ日付は表に書いてあった。こんな裏になにを書いたのか、そう思って栄二は行燈を引きよせた。紛れもなくさぶの筆跡で、読むうちに栄二の顔が硬ばり、たちまち酔いがさめていくようにみえた。

「おすえ」と彼はしゃがれた声で云った、「冷やでいいから酒を持って来てくれ」

「ここへですか」

「ここへだ」と彼は力のない声で云った、「二、三本たのむ、湯呑でな」

おすえはなにか云いかけたが、栄二のようすがあんまりおかしいので、さからわずに酒を取りにいった。栄二は行燈の側で板の間へじかにあぐらをかいて坐り、糊瓶の裏返した蓋を睨みながら、湯呑で冷や酒を飲みはじめた。おすえは摘み物をのせた膳を持って来、ここでは寒いからと云ったが、彼にはまるで聞えないらしく、返辞もせず、箸も取らず、蓋の裏の字をくいいるようにみつめながら、徳利の酒をみるまに二本あけてしまった。

「もしもあした立つのなら」とおすえがなだめるように云った、「そんなにあがってはだめじゃありませんか」

「あいつだった」と栄二が云った、「さぶのやつだったんだ」

「なにがですか」

「綿文の金襴の切よ」と栄二は顔をしかめながら云った、「これを読んでみろ」