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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

伊勢のどこだかおらあ覚えちゃあいねえし、覚えていたって頼ってゆけるもんじゃあねえ、おらあそのときくれえ自分にうちのねえことが悲しかったこたあなかった」

「知らなかった、おら、ちっとも知らなかった」とさぶが呟いた、「――それで栄ちゃんは、がまんしたんだね」

「銭も二度とはぬすまなかった」

二人は横網の河岸まで来てい、さぶが立停って、地面をみつめ、濡れて重くなった草履の先で、地面を左右にこすった。

「おら、思うんだが」と彼は心のきまらない口ぶりで云った、「――小さいじぶんおふくろにぶたれたことがある、弟のやつがいたずらをして、それをおれがしたもんだと思ってぶった、おら、泣きながらおれのしたことじゃあねえって云って、それから、弟のしたことだとわかったとき、おふくろは平気な顔で云った、それじゃあおまえはこれまでに、ぶたれるようなことは一度もしなかったっていうのかい、ってさ」

「女なんてそんなもんだ」と栄二が云った、「撫でた手でつねるし、つねった手で撫でるようなことをする、そしてどっちもすぐに忘れちまうんだ、――少しはおちついたか、さぶ、もうここいらで帰ってもいいだろう」