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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

一の二

「うるせえな」と栄二が云った、「傘なんかいらねえって云ってるじゃねえか」

「だって二人ともびしょ濡れじゃないの、ねえ、これをさしてらっしゃいよ」

「さぶ」と栄二が云った、「駆けようぜ」

二人は小雨の中を走りだした。

「ばかねえ」と少女がどなった、「いいから二人とも濡れてらっしゃい、いくじなし」

栄二とさぶとは、そのとき同じ十五歳であった。少女のことは二人ともすぐに忘れてしまった。

一の二

二人が二十歳になった年の二月十五日。生れて初めて、いっしょに外へ酒を飲みに出た。酒が初めてなのではない、それまでにも祝い日などに、店で酒の出るときは盃に二つか三つは舐めたことがあった。けれども外へ出て、手銭で飲むようなことはなかった。半分は恐ろしくもあったが、主人の芳兵衛に禁じられていたからである。躯のかたまらないうちに酒を入れると骨がやわになる、はたちになるまでは飲むな、というのが口癖であった。

芳古堂は表具と経師とで、格も高く、手堅いので知られていた。先代からのきまったとくい先と、当代知名な五、六人の書家や絵師。老舗の骨董屋とか武家、大店などに限り、安い仕事はいっさい断わるというふうであった。