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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
アレもう大様にご懐中物を解いていらッしゃる。ヘイっ、ただいまご順にそちらへ頂戴に伺いまする。なんと太夫さんよ、かッちけねえご見物衆じゃないか。おまえさんは舞台から精いッぱいその眼でいちいち御礼を申し上げるんですよ。……ヘイっ、唯今。おやじは唯今お盆を持って順ぐりそちらへ廻りまするで。ほい。これはお嬢ッちゃん坊ッちゃんまでが。……へえい、おありがとう。おありがとうぞんじまする」
盆廻しは旅芸人の常套である。お客の方でも心得たもの。祝儀は見得坊な桟敷の上客がハズむものと知っていた。やがて雷横の前へ盆が廻ってくると白玉喬は、いちだん愛想よく腰をかがめ、残り物には福、お大尽様は総括り、ヘイ一つお弾みをとうながした。
はっと当惑したのは、雷横だった。今日は友達の奢りだが、禁酒いらいは、酒の虫を封じるため、外でも紙入れは持たぬときめていたのである。祝儀はやりたいが無一文だ。なんともかとも間が悪い。「あっ、いけねえ」と、その袂さぐりはテレ隠しと誰にも分るような、下手い仕ぐさで「うっかり、紙入れを家に忘れて来てしまった。二、三日うちに、おふくろを連れてまた見物に出直すよ。