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しん・すいこでん

新・水滸伝

吉川 英治

「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页

青空文庫

室内はまっ暗闇。うろうろまごまご。それ踏み台がない、いや人間梯子を組んで重ねろ。なんだかんだの大騒ぎで、目には見えずも、見えるが如きものがある。

「あっ、あぶない」

どすん、と聞えた物音は、誰か一人が鉤から外した鎧櫃をささえきれずに、手から離したものだろう。同時にまた、人間梯子となっていた連中も総もンどりを打ち合ってみな尻モチついたことらしい。時遷もまた、その中にいたとは奇怪不思議のようであるが、彼はいつのまにか屋根窓から内へまぎれ入り、そして下男の似せ声を巧みにつかって、

「だめだ、だめだ。階下に火が廻ってたらどうするだ。階段から運び出すよりここがいい。ここからなら一番無事だよ!」

と、わッさもッさを退けて、遮二無二、窓から屋根の外へ持ち出し、共にスルリと屋根上へ脱け出していた。いや出るが早いか、鎧櫃には必ず付いている荷担革に双手をさしこみ、それを背に負ったと思うと、もう例の破風を足がかりとして、大屋根の天ッ辺に立ち、

「はははは。あばよ」

たちまち、椋の大枝に両手を伸ばした。そして、ぶらんと、牧渓猿のごとき曲芸を演じるかと見えたのもほんの一瞬。あとはどこを伝い、どこを跳び去ったか、根が白浪のお家芸の素迅さ、それっきりもう行方は知れない。