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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
大勢の家人食客の中で、皆から「洪先生、洪先生」と呼ばれていた傲岸な一武芸者があった。
彼もしきりに、飲んではいたが、柴進がひたすら礼をつくして、林冲を敬い、その骨柄を賞め、あまっさえ洪より上席にすえているので、洪先生たるもの、内心甚だよろこばない風なのである。
とも気づかず、柴進は上機嫌で、
「これこれ、二人の端公にも、杯をやれ。そして銀子、反物など、なんでも欲しい物を与えるがいい。その代り、こよい一夜は、柴進の責任において林冲どのの身はあずかる」
などといっている。もちろん、それらの賄賂は、首枷を脱らせる鍵代なのだ。端公にしても、恐い眼にあうよりは、ふところに実入りのあるほうがいいのはいうまでもない。
だからこの夜ばかりは、林冲も首枷なく、心から馳走になった。ところが、それも、洪先生にはおもしろくない。「……林冲の武芸とて何ほどのことやあろう。しかも流刑の囚人ではないか」と、蔑みきッている眼ざしだ。
「……ははあ。洪先生、ひがんでいるな」
宴も酣となるにつれ、柴進もやっと気づいた。折ふし庭上には、冬の月が鏡のごとく冴えていた。彼はそこに壮烈な一図を描きだしてみたい思いにそそられだしたらしい。