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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
風もないのに、瑠璃灯の灯はボッと墨を吹いて、いつまでその灯はゆらゆら蘇生えりの冴えに戻ろうともしない。惨々幽々、なにか霊壇を吹き旋る形なきものが鬼哭してでもいるようだ……
「あっ! 兄さんっ」
武松は確かに何かを見た。
総身の毛を逆立ッて、思わずその人影へ抱きつこうとしたのである。が途端に、彼は膝へ水を浴びていた。花瓶の花が彼の手に仆れたのだった。
――同時に、瑠璃灯の明りは何気なく元の光に返っている。彼はびッしょりと汗をかいていた。夢だったのか、と思い直した。
「だが、夢にしても?」
彼の姿は腕拱みのままだった。その腕拱みにいつか厨の方から朝の明るみが映している。彼はむッくり起って水瓶のそばで顔を洗い出した。
とん、とん、とん……とその襟元へ二階から女の足音がすぐ降りて来た。如才なく彼のそばへ手拭きやら嗽い碗など取り揃えて、
「お疲れでしょう、二郎さん。だけどゆうべは、兄さんもきっとよろこんでいたに違いありませんわ」
「お。姉さんか。ところで姉さん。ほんとのとこ、兄貴は何で死んだんですか」
「あら、また同じことを仰っしゃってるわ。きのうも、よくお話ししたじゃありませんか」