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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
こんどこそは、彼もその身構えをかたくせざるをえなかったらしい。一陣の風に、牙を剥いて、新たに出て来たのは、額の白い巨大な雄の虎であった。李逵がじぶんの老母を啖い殺された怒りをそのままこの雄虎も、人間の残虐を怒ッていた。一吼一震、うらむが如く、かッと赤い口を裂いて、その復讐に挑んでくる。
「くそっ」
一刀、虎のどこかを搏ったが、その虎尾は、李逵の体を、はるかへ叩き飛ばしていた。虎は彼の上へ、腹を見せて、すぐ躍ッてくる。山が鳴り谷が吼え、黒風、飛葉、つむじとなって、一瞬は何もかも目になど全くとまらない。
しばらくして、李逵はわれに返った。雄虎は朱になってすぐそばに仆れている。自分も五体のどこかを咬み破られたかと思ったが、どうやら立てる。いや歩いてみると歩けもした。……とはいえ、節々の痛さ、綿のような疲れ、野太刀を杖に、それからの彼は、まるで亡霊が歩いている姿に異ならない。そしてどこをどう歩いたやらの覚えもなかったが、夜の白々明け頃、
「ひゃっ? 旅の者、どうしたぞい、その姿は。そしてどこから来なすった?」
と、四、五人連れの猟師に驚かれて、彼自身もはっと自分に返った心地であった。