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ごくちゅうへのてがみ
獄中への手紙
宮本 百合子
05 一九三八年(昭和十三年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 229,387 字 · 453 页
いんちき士が、お伴にくっついて行こう魂丹であったらしいが、それは実現せず、若い息子だけが行った。が、行って見ると、元より上手に弾く日本少年の※(濁点付き片仮名ワ、1-7-82)ァイオリンは、天才の問題と大変遠いし、技術の到達点にしろ少年自身絶望するようなものであった。金はある、子供である。ベルリンにはヴィクトリアという日本人の税関と称するカフェーがある(西洋のカフェーは或とりひき場)。ヨーロッパ戦後である。一九二九年に私がベルリンの国立銀行の広間の人ごみの裡にいたら、ちらりといかにも見たような顔が視線にうつった。漱石そっくりの道具立てと輪廓とで、而もその内容なく、背のどちらかというと低い背広の体の上にその特徴ある顔で、じっとこちらを見て佇んでいる、言葉をかけるほど互に知っていない、だが、お互に誰かということを知りあっている、そういう眼ざしで。漱石そっくりで漱石ではない息子の顔立ちは、伯林の雑踏をこえて、今も目にのこって居ります。一種異様な寂しさと哀れさとがあった。その息子が、何年か前に帰りたいと云ったとき、この剛腹なる母は、それを拒んだらしい。今になって、つれてかえることが話しに出ている由。