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ごくちゅうへのてがみ
獄中への手紙
宮本 百合子
05 一九三八年(昭和十三年)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 229,387 字 · 453 页
林町には空気全体がいやです。Sの、チェホフの小説の中にでも出て来るような人生の目的なさそのもののようなピアノの断片をしかも永い間聞くだけでも辛棒出来そうもないから。この二十八日には、父の胸像を(北村西望氏作)建築学会の中條精一郎君記念事業委員会から私達への贈呈式があります。この記念事業には中條文庫も出来ます。造形美術と建築の研究を主とした文庫です。私は文庫ときくと冷淡でいられなくていつかもし可能であったら、何かいい本を父の名によるこの文庫に寄附したいと考えます。この頃私は自分の性格にこういう一種独特のたちを与えて、いろんないやなことや苦しいことを、やはり失われない快活さと希望とで堪えてゆく気質に生んでくれた父の気質というものを、心からありがたいと感じている。益※(二の字点、1-2-22)このありがたさは痛切であって、恐らく私が年をとり生活の波浪を凌ぐこと深ければ深いほど、いやまさる感謝と思われます。そして、そのような私の気質のねうちを充分に知っていて、又その光りを暖くてりかえしはげまし、人間らしい強靭さに導いて行ってくれる人のいること。それら全体の諸関係をひっくるめて友情につつんでいてくれる決して尠くない友人たちのいるということ。