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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

「風邪が治ったか、だなんて」栄二は掛夜具を頭までかぶり、囁き声で呟いた、「――あいつは相変らずだ、あのとき風邪をひいてたからって、百日ちかくも経っているのに、治ったかどうかだなんて」

ばかなことを云うやつだ、と呟きながら、彼は掛夜具を掴み、こみあげてくる嗚咽をけんめいにこらえていた。――へんなときに風邪をひいて、くしゃみや水洟に悩まされた。生れて初めて非道なめにあい、悲しみと怒りで身の置場もないような気持でいるとき、くしゃみが出、水洟が出たのだ。芝居でする仁木弾正が、刃傷場でくしゃみをするようなもんだ、栄二はそう思って笑おうとしたが、続いて綿文の座敷が眼にうかんできた。火のけのないあの座敷でくしゃみをしていた自分の姿、それから押込んで来た頭と若い者たち、――そして雪の積りだした道へひきずり出され、二人がかりでぶん殴り、踏んだり蹴ったりされた。次には番小屋で、――こういう回想がなまなましく頭にうかび、全身の血管が怒りでふくれあがるように感じられた。

「ちくしょう」栄二は掛夜具に両手でしがみつきながら歯ぎしりをした、「――どうするかみてやがれ、いまにどうするかみてやがれ」