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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

「死んだおやじは明きめくらだったから、証文といっても拇印だけで、それが本当におやじの捺したものかどうかさえ調べることはできない」とご一は呟くように云った、「――また、新田の小作料は十年間無料というのも、口約束だから証拠はない、わしはいろいろな人に相談し、しまいには公事師にも金を使ってみたが、どうしようもないということがわかった」

もともとご一の家の持物だった田地五反歩と、新田の七反歩とは、近在でもっとも良質の米がとれる。それは亡父の丹精とご一の努力によるのだが、地主はその田地が欲しくなったのであった。

「おやじは死ぬまでなにも云わなかったから、二十五両という借金が本当か嘘かはわからない、けれども田地のことはわしが現に知っている」とご一は感情のこもらない口ぶりで続けた、「――十一のとしからまる十八年、新田を拓いてからでも十二年、わしはおふくろと二人の弟とで、腰の骨の折れるほど働いてきた、わしは嫁さえ貰わなかった、それを或る日、地主の差配人が村役人を連れて来て、田畑も家も借金のかたに取る、一家の者はすぐに立退けという、いやおうなしの追いたてだった、そのときわしがどう思ったか、みんなにわかるだろうか」