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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

八の二

「女っていいもんだ、この世に女ほどいいものはねえな」と清七は続けていた、「――初めておとよのからだへ触ったとき、あんまりやわらけえのとあったけえので、うっかりすると溶けちまうかと思った」

これもまた繰返しなのだが、清七自身にはどれほど繰返しても飽きないし、新鮮さが失われることもないようであった。

「おまけにあの声がまたなんとも云えねえ、あの声を聞くたびに、おらあ眼まいがしそうになっちまうんだ」

外へ人の来る足音がし、雨戸があけられた。すると、夕方の光といっしょに風が吹き入り、部屋の中のむれたような空気に、潮の香が爽やかにしみ込んだ。はいって来たのはいつもの下役人ではなく、元締同心の岡安喜兵衛であった。

「ぶしゅう、会いたいという者が来た」と岡安は云った、「手鎖を外してやるから出ろ」

八の二

元締同心が自分で来たのは、否応を云わせないためだろう。そう察したので栄二は返辞をしなかった。岡安喜兵衛が振り向くと、定番の下役人がはいって来て、栄二の手鎖の鍵を外した。

「ひどい蚊ではないか」と岡安が下役人に云った、「蚊遣りを焚いてやれ」

下役人は訝しそうな顔をした。