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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

その呼吸を与平に気づかれるのを恐れるように、――病人置場から部屋へ帰って、もう二十日ちかくも経つのに、まだ与平は付きっきりで世話をしてくれている。仕事に出ないのは役所の許しを得たにしろ、賃銀の収入が絶えることになる。一度そのことを云ってみたら与平は笑って、八年も役所に預けた分があるのだから、そんな心配はまったく無用だと答えた。――肌着や足袋の洗濯から、着替えまでさせてくれる。下帯だけは差入れの品が余っているので、強情にはき捨てにしているが、洗面から食事、夜具のあげおろし、厠へは往き帰り背負ってくれるというふうで、じつの父親にしても珍しいほど、ゆき届いた世話ぶりであった。

「めしはもういいのかね」と与平が云った、「よければ茶を淹れようか」

「ありがとう、湯で済ましたよ」

戸納へくっつけて、たたんだ夜具が置いてある。栄二は上り端からいざって戻り、その夜具へ背で凭れかかった。

「与平さん」と彼は呼びかけた、「手習いをしようと思うんだが、硯や筆なんかを都合してもらえまいか」

「いいとも、見張小屋では帳付けをしているから、いってきいてみてこよう」膳を片づけていた与平は、そう云ってやさしく栄二を見た、「――おまえさんがそんな気持になってくれて、私はうれしいよ」