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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

さぶは泣きべそをかくように、唇を曲げて苦笑いをし、あいまいに首を振った。

「栄ちゃんがそう云ってくれるのは、おらあうれしい」とさぶは云った、「――けれども、いまはもう違うんだ、おのぶちゃんは自分の気持をすっかり話してくれたんだ」

栄二は口をつぐんだ。

「ああ、忘れてたけれどね」とさぶが急に思いだしたという調子で云った、「おのぶちゃんの八重歯が抜けたんだよ」

「どうして話をそらすんだ」

「忘れたのかい、あの人の歯のここんとこに」

「知ってるよ、八重歯はいつか抜けるもんなんだ」

「はたちまでにはって云ってたけれど、本当なんでたまげたよ、ちょうど十九の十月だったんだから」

栄二はじっとさぶの顔を見まもった。

「さぶ」と栄二は屹とした口ぶりで云った、「おめえたまには本気で口がきけねえのか」

「本気でって、なにかおれが」

「のぶ公がなにを云ったんだ、自分の気持を話したってのはどういうことなんだ」

さぶは力なくうなだれ、肩をちぢめて太息をついた。悲しげな、頼りなげな姿である。どうしておれはこうだ、と栄二は思った。はなれているときはもっとやさしくし、劬ってやろうと思うのに、面と向きあえばすぐにじれったくなって、つい荒っぽい口をきいてしまう、おれはいやなやつだな、そう思いながら、態度をやわらげることはできなかった。