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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

おすえが歯の音をさせて息を吸った。

「するとその男」と栄二がきいた、「たしか徳とかいったが、まだ諦めないんだな」

「根比べ、ってところね、あたしは負けやしないから」そう云っておのぶは包んだ紅絹の切を解き、剃刀を右の手に持ち直した、「――あの人は酔わなければなんにもできないの、酔って絡み始めたら、これを喉へこう当ててみせるのよ、さあ手出しをしてごらんなさい、あんたになにかされるくらいなら、自分で死んでみせるからって」

「あぶないからしまえよ」と栄二は剃刀を指さした、「そんなことで、いつまでも押しとおせると思うのかい」

おのぶは剃刀を切で巻き、左の袂へしまいながら云った、「あたしがこのうちから逃げてみても、あの男の手から逃げきることはできやしないわ、姉さんたちが女衒の六から逃げきれなかったようにね、――逃げるのはそれだけで負けたのと同じことよ、あたしは負けやしないから」

「強いのねえ」とおすえが嘆息するように云った。

「ありがと」おのぶは微笑した、「あんたには栄さんがいるからいいわ、おすえちゃんはあたしのような女にならないでね」

「のぶ公も持てよ」と栄二が徳利を持ちながら云った、「一つだけ酌をしよう」