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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

もしもそうなら、これをしっかり掴んで、おれたちのものにするんだ、と栄二は思った。

道の角で辻駕籠をひろい、船松町の河岸で島へゆく渡し舟に乗った。島へあがると門番所をたずね、岡安喜兵衛に面会を求めた。

「ぶしゅうじゃないか」門番小屋の老番士はびっくりしたように云った、「こりゃ驚いた、よく来たな、いまどうしてる、足のほうはどうだ、ま、ちょっとここへ掛けろ」

このあいだに、中年の番士が取次ぎにゆき、岡安がすぐに会う、という返辞をもって戻った。老番士は莨をふかしながら、暴風雨のときの話をしたいようで、帰りに寄れと、みれんがましく繰返していた。

役所へゆくと下役人が、栄二を接待へとおした。岡安喜兵衛はまもなくあらわれたが、黒い袴は皺だらけだし、胸もとには下着の襟が出ていた。まるで喧嘩でもしていたような、かつて見たことのない着崩れた恰好で、栄二はなにごとかと眼をみはった。岡安はその眼に気づいたのだろう、袴を叩き、襟もとを直しながら坐って、新しく来た人足で手に負えない暴れ者がいるものだから、というようなことを、弁解するように呟き、それからふと、不安そうに栄二の顔をみつめた。