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さぶ

さぶ

山本 周五郎

「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页

青空文庫

「嘘っぱちさ、きまってらあ」

「だって、去年から嫁にゆく約束が」

「嘘っぱちさ」と栄二が遮って云った、「おれたちは月に二度ずつかよって、おめえはなにかかにか土産を持ってってる、そのうえ初めっからお互いにざっくばらんで、遠慮のねえ口をききあってたんだ、もしもそんな事情があるとすれば、のぶ公が話さずにいるわけはありゃあしねえよ」

さぶは考えてみてから云った、「――すると、あいつらはなんだろう」

「わからねえ」と栄二は枕の上で頭を左右に振った、「のぶ公を張ってる地廻りかなんかだろうと思うが、のぶ公にきいてみなくっちゃわからねえ」

「可哀そうだな」とさぶは囁くように云った、「そんなやつが付き纏っているとすると、いったいおのぶはどうなるだろう」

栄二は答えなかった。伝六のいびきがひと際高くなり、さぶも黙った。

「にんげんは一寸さきのこともわからねえ」と暫くして栄二が云った、「おれたちにゃあ金も力もねえし、職人としてもまだいちにんめえにはなっちゃいねえ、――さぶ、おめえの気持はよくわかるが、おれたちにいま大事なのは自分のことだ、ここ二、三年でおれたちの一生がきまるんだ、そう云っちゃあ酷かもしれねえが、のぶ公のことは忘れてくれ、おめえ一人にむりを云うんじゃあねえ、おれも女のことは忘れるから」