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さぶ
さぶ
山本 周五郎
「週刊朝日」 1963(昭和38)年1月4日号~7月5日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 210,521 字 · 415 页
栄二は半ば気を失っていたが、これまた肉躰的な苦痛というより、精神的な極度の激発のためのようであった。顔半分の血と泥はすでに乾きかけてい、そのため石膏のように血のけのない顔が、ぞっとするほどすさまじくみえる。半ばひらいている眼はうつろで、なにを見ているともなく、浅く短い呼吸をするたびに、元結の切れたさんばら髪の幾筋かが、かすかに、一定のまをおいて揺れていた。
「弓町の助二郎だな」という男の声を、栄二はおぼろげに聞いた、「おまえはいつも少し度がすぎる、どういう仔細だ」
侍だな、と栄二はぼんやりと思った。侍の口ぶりだ、与力か同心だな。――どういう仔細だときかれて、相手の助二郎はくどくどとなにか説明した。しゃがれ声の低い早くちで、栄二にはよく聞えなかったし、また聞きたいという気持もなかった。――なんとでもなれ、どうにでもしろ。そんなことを、はっきりしない意識の中で繰返し呟き続けていた。
「とにかく繩を解いて火にあたらせろ」と侍の声が云った、「そのままで置いたらこごえ死んでしまうぞ」
栄二は抱き起こされた。繩が解かれ、二人に抱えられて火の側へいったが、火のあたたかみが感じられるまでには、かなり暇がかかった。