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さんごくし

三国志

吉川 英治

06 孔明の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 161,356 字 · 323 页

青空文庫

逃ぐるは君子の訓えに従うのみ」

「やあ、何ぞこの蔡瑁が御身に害意を抱こうや。疑いを去りたまえ」

と、云いながら、ひそかに弓をとって、馬上に矢をつがえている容子らしいので、玄徳はそのまま南(湖北省・南※(「さんずい+章」、第3水準1-87-8))のほうをさして逃げ落ちて行った。

「ちえっ……みすみす彼奴を」

蔡瑁は歯ぎしりをかむだけだった。切って放った一矢も、檀渓の上を行くと、一すじの藁みたいに奔濤の霧風にもてあそばれて舞い落ちてしまうに過ぎない。

「残念。何とも無念な……」

幾度か悔やんだが、またひそかに思うには、この檀渓の嶮を、やすやすと無事に渡るなど、到底、凡人のよくなしあたう業ではない。玄徳には、おそらく神明の加護があるからだろう。神力には抗しがたし、――如かずここは引っ返して他日を待とう。そう彼は自分をなだめて、空しく道をもどった。

と――彼方から馬煙あげてこれへくる一陣の兵馬があった。見ると真っ先に趙雲子龍、あとには三百の部下が彼と共に眼のいろ変えて喘ぎ喘ぎ馳け続いてくる。

「やっ、趙雲ではないか。どこへ参られる?」

蔡瑁は、先手を打ってとぼけた。