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さんごくし

三国志

吉川 英治

06 孔明の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 161,356 字 · 323 页

青空文庫

二

世間の人が、曹操は奸雄で、悪賢い鬼才であるなどと、よく噂にもいうが、なるほど、当らずといえども遠からずだ。あなたはあくまで人を信じられないお方と見える」

と、舌打ちして、嗟嘆すると、ややあわて気味に、曹操は彼の耳へいきなり口を寄せて、小声にささやいた。

「軍の機秘。実は味方に秘しているが、君だからもうほんとのことをいってしまう。実は、すでに涸渇して、今月を支えるだけの兵糧しかないのだ」

すると許攸は、憤然、彼の口もとから耳を離して、ずばりと刺すようにいった。

「子どもだましのような嘘はもうおよしなさい。丞相の陣にはもはや一粒の兵糧もないはずです。馬を喰い草を噛むのは、兵糧とはいえませんぞ」

「えっ……どうして君は、そこまで知っているのか」

と、さすがの曹操も顔色を失った。

二

許攸は、ふところへ手を入れた。

そして、封のやぶれている書簡を出して、曹操の眼の前へつきだした。

「これは一体、誰の書いたものでしょう」

許攸は鼻の上に皮肉な小皺をよせて云った。それは先に曹操から都の荀へ宛てて、兵糧の窮迫を告げ、早速な処置をうながした直筆のものであった。

「や。どうして予の書簡が、君の手にはいっているのか」