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さんごくし
三国志
吉川 英治
06 孔明の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 161,356 字 · 323 页
二
「――おのれッ!」
何を見たか、とたんに孫策は、帯びたる短剣を、投げつけた。剣は侍臣のひとりに突刺さったので、異様な絶叫が、堂に籠った。
二
縷々とのぼる香のけむりの中に于吉のすがたが見えたのである。
投げた剣は侍臣を仆し、その者は、七穴から血をながして即死しているのに、孫策の眼には、なお何か見えているらしく、祭壇を蹴とばしたり、道士を投げたりして暴れ狂った。
そのあとはまた、いつものように疲れきって、昏々と眠るが如く、大息をついていたが、われにかえると急に、
「帰ろう」と、ばかりに玉清観の山門を出ていった。
――と、路傍に沿って、飄々と一緒についてくる老人がある。孫策が轎の内からふと見ると、于吉だった。
「老いぼれっ、まだいるかっ」
叫んだとたんに、彼は、簾を斬り破って轎から落ちていた。
城門を入るときにも、狂いだした。瑠璃瓦の楼門の屋根を指さして、そこに于吉がいる。射止めよ槍を投げよと、まるで陣頭へ出たように、下知してやまないのであった。
暴れだすと、大勢の武士でも、手がつけられなかった。寝殿は毎夜、不夜城のごとく灯をともし、昼も夜も、侍臣は眠らなかったが一陣の黒風がくると、呉城全体があやしく揺れおののくばかりだった。