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さんごくし

三国志

吉川 英治

06 孔明の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 161,356 字 · 323 页

青空文庫

「――何処へといって、わが主君のお姿が見えぬ。そのためこうして、八方おさがし申しておる。足下はご存じないか」

「実は自分も、それを案じて、ここまで見に参ったが、いっこう見当らん。いったい、何処へ行かれたのやら?」

「不審だ!」

「まったく不思議だ」

「いや、汝の態度をいったのだ」

「此方に何の不審があるか」

「今日、襄陽の会に、何を目的に、あんなおびただしい軍兵を、諸門に備えたか」

「此方は、荊州九軍の大将軍、また明日は、大宴に続いて、国中の武士を寄せ、狩猟を催すことになっておる。大兵はその勢子だ。何の不審があるか」

「ええ、こんな問答はしておられぬ!」

趙雲は、渓に沿って、馳け去った。部下を上流下流に分け、声も嗄れよと呼んでみたが、答えるものは奔潭の波だけだった。

いつか日は暮れた。

趙雲はかさねて襄陽の城内へ戻ってみたが、そこにも玄徳の姿は見えない。――で、彼は悄然と、夜を傷みつつ、新野の道へ帰って行った。

琴を弾く高士

一

澄み暮れてゆく夕空の無辺は、天地の大と悠久を思わせる。白い星、淡い夕月――玄徳は黙々と広い野をひとりさまよってゆく。

「ああ、自分も早、四十七歳となるのに、この孤影、いつまで無為飄々たるのか」