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さんごくし

三国志

吉川 英治

06 孔明の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 161,356 字 · 323 页

青空文庫

二

「ああ、よいとも……」

玄徳は快く承諾した。彼ももらい泣きして、眼には涙をいっぱいたたえていた。

玄徳にもかつては母があった。世の母を思うとき、今は亡きわが母を憶わずにいられない。

「なんで御身の孝養を止めよう。母います日こそ尊い。くれぐれ恩愛の道にそむき給うな」

終日、ふたりは尽きぬ名残を語り暮していた。

夜に入っては、幕将すべてを集めて、彼のために餞行の宴を盛んにした。餞行の宴――つまり送別会である。

二

一杯また一杯、別れを惜しんで、宴は夜半に及んだ。

けれど徐庶は、酔わない。

時折、杯をわすれて、こう嘆じた。

「ひとりの母が、許都に囚われたと知ってからは、粟にも粟の味わいなく、酒にも酒の香りはありません。金波玉液も喉にむなしです。人間、恩愛の情には、つくづく弱いものだと思いました」

「いや、無理もない。まだ主従の日も浅いのに、いまご辺と別れるにのぞんで、この玄徳ですら、左右の手を失うような心地がする。龍肝、鳳髄も舌に甘からずです……」

いつか、夜が白みかけた。

諸大将も、惜別のことばを繰返しながら、最後の別杯をあげて、各※(二の字点、1-2-22)、休息に退がった。