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さんごくし

三国志

吉川 英治

06 孔明の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 161,356 字 · 323 页

青空文庫

「――否」

玄徳は、にことして答えた。

「彼のいうところは、彼らの中の真理であって、万民俗衆の真理ではない。この地上の全面を占めるものは億兆の民衆で、隠士高士のごときは、何人と数えられるほどしかおるまい。そういう少数の中だけでもてあそぶ真理なら、どんな理想でも唱えていられよう」

「それほど、治乱の理を、明らかにご承知でいながら、なんで長々と、崔州平の言などをつつしんで聞いておられたのですか」

「もしや? ……一言半句でも、そのうちに、世を救い万民の苦悩に通じることばでもあろうかと、あくまで語らせておいたのだが」

「ついに、ありませんでしたな」

「ない。……なかった。……それを聞かせてくれる人にわしは渇している。まだ見ぬ孔明に自分が求めてやまないのも、その声だ。その真理だ」

かくて、その日は、むなしく暮れたが、新野に帰城してから、数日の後、玄徳はまた人をやって、孔明の在否をうかがわせていた。

やがて、その者から報らせてきた。ここ一両日は、たしかに孔明は家に帰っているようです。すぐお出ましあれば、こんどこそ草廬に籠っておりましょう――と。

「さらば、今日にも」と、玄徳は急に、馬の具えや供の支度を命じた。