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ことうのおに
孤島の鬼
江戸川 乱歩
「朝日」博文館、1929(昭和4)年1月号~1930(昭和5)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 181,795 字 · 359 页
数丈の断崖は、真黒な壁の様で、その下を、おもちゃみたいな小舟が、あぶなげに進んで行く。時たま海面を伝って、虫の鳴く様な櫓の音が聞えて来た。徳さんも、息子の洋服姿も、夕闇にぼかされて、もう豆の様な輪廓丈けしか見えなかった。
もう一つ岩鼻を曲ると、魔の淵の洞穴にさしかかる丁度その角に達した時、私はふと小舟の真上の切岸の頂に何かしら蠢くもののあるのに気附いた。ハッとして見直すと、それはまぎれもなく一人の男、しかも背中が瘤の様にもり上った傴僂の老人であることが分った。あの醜い姿をどうして見違えるものか。丈五郎だ。だが、諸戸屋敷の主人公が、今頃何用あって、あんな断崖の縁へ出て来たのであろう。
その傴僂男は、鶴嘴様のものを手にして、うつむいて、熱心に何事かやっている。鶴嘴に力をこめる度に、鶴嘴の外に、動くものがある。よく見ると、それは断崖の端に危く乗っている一つの大岩であることが分った。
アア、読めた。丈五郎は、徳さんの舟が丁度その下を通りかかる折を見計らって、あの大岩を押し落し、小舟を顛覆させようとしているのだ。危い。もっと岸を離れなければ危い。だがここから叫んだ所で、徳さんに聞える筈もない。