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ことうのおに

孤島の鬼

江戸川 乱歩

「朝日」博文館、1929(昭和4)年1月号~1930(昭和5)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 181,795 字 · 359 页

青空文庫

暗中の水泳

私達は仕方なく、立上って、一刻でも水におぼれる時をおくらそうとした。

暗中の水泳

私は子供の時分、金網の鼠取り器にかかった鼠を、金網の中に這入ったまま、盥の中へ入れ、上から水をかけて殺したことがある。外の殺し方、例えば火箸を鼠の口から突き刺す、という様なことは恐ろしくて出来なかったからだ。だが、水責めも随分残酷だった。盥に水が満ちて行くに従って、鼠は恐怖の余り、狭い網の中を、縦横無尽に駈け廻り、昇りついた。「あいつは今、どんなにか鼠取りの餌にかかったことを後悔しているだろう」と思うと、云うに云えない変な気持ちになった。

でも、鼠を生かして置く訳には行かぬので、私はドンドン水を入れた。水面と金網の上部とがスレスレになると、鼠は薄赤い吻を、亀甲型の網の間から、出来る丈け上方に突き出して、悲しい呼吸を続けた、悲痛な惶しい鳴声を発しながら。

私は目をつむって、最後の一杯を汲み込むと、盥から眼をそらしたまま、部屋に逃げ込んだ。十分ばかりして、恐々行って見ると、鼠は網の中で、ふくれ上って浮いていた。

岩屋島の洞窟の中の私達は、丁度この鼠と同じ境涯であった。私は洞窟の小高くなった部分に立上って、暗闇の中で、足の方から段々這い上ってくる水面を感じながら、ふとその時の鼠のことを思い出していた。