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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
なに、裏には、ただの楷書があると。どれどれ」
彼は、赤い火にいぶされながら、なにげなく、碑の裏へ廻って、顔を寄せた。
四つの大きな文字。それは、
遇洪而開
と、読まれた。
「や。洪ニ遇ッテ開クだと? ……。はてな、洪とはおれ、おれに遇って開くとは」
なに思ったか、彼は、全身に瘤をこさえて、大きく唸った。そして、碑を仆せ、石亀をのぞいて、その下を掘り起せと、狂気じみた声を発した。
もちろん、人々は極力、その暴を諫めぬいた。哀号泣訴、
「恐ろしや、恐ろしや。そのような、大それた儀は、ど、どうぞ、お見あわせ下さいませ」
と、地へ、へばッたまま、起ちもしない。
「だまれっ」と、洪は大喝した。「――なにが空恐ろしいのだ。見ろ、碑の文字を。……洪ニ遇ッテ開ク、とあるではないか。すでに古の神仙は、今日、儂がこれへ参るのを、予言いたしておったのだ。いやだと申す者は、素首をぶった斬るぞ」
剣把をたたくと、人々は、もう顫えあがって、唯々諾々と、彼の命のままうごくしかなかった。
大勢の力で、碑は仆され、石亀は数百年の眠りから揺り起された。そして、一転二転、腹を見せた石亀のまろぶ地響きと同時に、人々の足の裏から、ごうッと、大釜の湯でも沸るような音が聞えた。