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しん・すいこでん

新・水滸伝

吉川 英治

「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页

青空文庫

左の手は、金蓮の黒髪をつかんでいて離さない。金蓮は、ひイっ……といって弓形に身を反らす。武松の片腕が軽々と抱え上げたからである。どたんと、彼女の体が祭壇の前へ叩きつけられたのがほとんど同じ瞬間だった。

武松は片膝折りに、すぐ彼女の鳩尾の辺を踏まえてしまった。そして右手に、床の短剣を取って持ち直し、こんどは、王婆の土気色になった顔をその白刃の先で指して言った。

「ばば。逃げてみないか」

「に、に、逃げなんか、出来るもンかね。いうよ、もう、こうなったら……」

「じゃあ、まっすぐに言ってみな。……こう、胡正さん、筆記だぜ、書き役を頼むよ」

近所の衆は、もう悉く失心の姿である。胡正はぶるぶる慄えながら筆を持った。じろと見届けてから、武松は、また、

「さあ、吐かさねえか。牝豚」

「なにをいえというんだよ。物々しいねえ。知らないよ、わたしは何も」

「ふ、ふん。くたばり損いめ。急に気を変えやがったな。ようしッ、あとで一寸試し五分試しだぞ。……じゃあお手元から先に洗おうか。やい金蓮」

短剣のヒラで武松は女の頬を二つ三つ叩いた。金蓮は悲鳴を発した。もがいたために、われから刃に触れて、顎のあたりを濃い桃色に少し染めた。