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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
牢城の管営父子、武松を獄の賓客としてあがめる事
「都頭さん。孟州までは二十日もかかる。途中、人里離れたら、なんでも気ままを言いなせえよ」
護送役の二人の小吏も、途々、武松を宥わって、苛烈な風は少しもない。武松もまた、餞別物から持ち金まで、悉く頒けてやって、あくまで淡々たるものだった。
ただ、宿籠宿籠やまた山中でも、酒屋の旗を見るともう目がない。――そしてすでに、あすあさってには、孟州に入ろうかという十字坡の嶺道で、ついその酒の誘惑から、危ない罠にかかッてしまった。
ここに一軒家の居酒屋がある。
もちろん峠を通る旅人だけが目あてのもの。
「ま。一杯やろう」
と、はや孟州もまぢかと見て、護送役の二人までが、気をゆるして、したたか飲ったのが過ちの因だった。
酒には、麻睡薬が混ぜてあったらしい。三名とも、蒟蒻のように正体なく、よだれを垂らして伸びてしまった。
不覚だった。
この辺では、山猿のような童までが唄に謡って、
十字坡の毒苺は、蛇も食わないよ
苺酒は人間の血
肉饅頭を割ると、亡霊の声がするよ
と、いっているほど、その峠酒屋とは、じつは隠れない追剥ぎ渡世の夫婦者が、旅人をおびき込む悪の巣だったのである。
しかも、その兇行がまた残虐だった。