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しん・すいこでん
新・水滸伝
吉川 英治
「日本」講談社、1958(昭和33)年1月号~1961(昭和36)年12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 684,899 字 · 1374 页
そっちじゃねえぞ。そっちは近いが山越しの裏道だ。本街道を行けよ本街道の方を」
「やだよ」
「知らねえのか。子供の時分から、虎が出るんで、虎の名所といわれてるんだぞ。近頃はまた、追剥ぎも出るッてえ噂だ」
「そいつあ、おもしれえ。化け物も故郷のやつならなつかしいや。あにき! あさっては、おふくろを負ぶッてここの店へ帰ってくるからな。たのむよ」
「……あ。行っちまやがった」
朱貴と朱富のあきれ顔も、酒の入っている李逵には、振向かれもしなかった。ひょろりひょろりそれでもいつか、朝まだきには、霧深い山路の奥へかかっていた。
ぴ、ぴ、ぴ、と何の鳥か、けたたましく密林のうちに谺を呼んだ。新秋の木々は早や紅葉していてやがてそこから突然躍り出してきた一個の人間も紅葉の精か、鬼かと見えた。赤い角頭巾に、おそまつな革胴を着込み、足は素わらじ。
「おやおや、何か出て来やがったな。はアて面妖な? ……」
李逵はまだ酔っている。酔眼もうろうではあったが、しかし相手の顔が分らないほどではなかった。道をはばめて突っ立った大男は、墨で顔を塗りこくり、手には二本の板斧を引ッさげていたのである。